沖田は

 沖田は、その高い背と、広い肩幅に細面の顔立ちの対比で、大分着痩せして見せているようだが、

 鍛えられた彼の逞しい身体は、こうして着流すと、襟の合間の分厚い胸筋や、歩くたびに覗く逞しい脹脛までは隠せない。

 

 (倒れそう、私)

 

 

 「冬乃ちゃん・・?」

 

 「え、あ、はい!」

 「動き止まってるよ」

 藤堂が何か気づくものがあったのか、

   苦笑しながら覗き込んできて、

 冬乃は大慌てで顔を上げた。

 

 「あのっ、兒童故事書 お二方もお夜食いかがですか?」

 

 「いいね」

 「有難い」

 冬乃の前で、沖田と斎藤が答える。

 

 改めて冬乃は、沖田の顔を見上げた。

 

 

 (逢えた・・)

 

 同時に、ここに至るまでの切望感や、先刻の出来事が、冬乃の胸内を駆け巡り。

 ほっとする想いに強く押される冬乃に、

 「どうしたの」

 沖田が微笑んで。

 

 「そんな泣き出しそうな顔して」

 

 「え」

 自分は一瞬にそんな顔をしていたのだろうか。

 冬乃は急いで首を振った。

 「よろしければ、おむすび冷めてしまう前に、・・」

 ごまかすように、皆を見回して促してみせる。

 

 「そうだ!急ごう!」

 原田が真っ先に声を挙げて、なんと駆け出した。

 (ええ?!)

 あっという間に遠ざかる原田の背を冬乃はぽかんと眺めた。

 

 「ぶっ、原田さんだけ急いでも意味ないのに」

 藤堂と沖田がほぼ同時に噴き出す。

 

 「追いかけましょう・・」

 冬乃は呟いた。こうなっては、原田の情熱を無駄にもできまい。

 盆には四角皿を被せて上から押さえているから、走ったとて、おむすびが飛んでいくこともないだろう。

 冬乃は、脚が絡まないよう、片手で着物の裾を前もってくつろげた。

 冬乃の掛け声に、というより冬乃の行動に、沖田達が驚いて見やる。

 

 「では」

 「え、って冬乃ちゃん?!」

 そのまま原田を追って駆け出していく冬乃に、男達が慌てて追いかけ出した。

 

 結局、皆して屯所内から八木邸内を疾走して横断し。

 途中すれ違った隊士たちに、ぎょっとされたものの、無事に八木家の離れまで各々辿りつく頃、

 先に着いていた原田が振り返り、疾走してくる冬乃達を目にして大笑いしたところへ、永倉が障子を開けた。

 

 「おいおい何事だ?」

 「おう、ただいま新八っちゃん!」

 原田が障子のほうを振り返って、出てきた永倉に片手を上げつつ、まだ笑っている。

 「冬乃ちゃん、健脚だね~!」 藤堂の感嘆した声が、原田の笑い声に交じった。

 「たいしたものだ、その着物でそれだけ早く走るとは」

 無口の斎藤にまで褒められて、冬乃は息をきらしながら嬉しくなって微笑んだ。

 冬乃の足腰の強さは勿論、長きにわたる剣の稽古のたまものである。

 

 「なんだおめえら、やかましい」

 帰っていたらしく土方が顔を出した。その後ろから近藤と山南も覗く。

 「おかえりなさい近藤先生、山南さん、土方さん」

 沖田がそれぞれに声をかけた。

 「おう、ただいま。しかし、どうしたんだ皆」

 「おむすび、冷めないうちにお持ちしたんです」

 近藤の問いかけに、冬乃がにっこりと答えた。

 

 

 

 

 狭い部屋に、皆で輪になって座りながら、夜食を囲む。まだここにいない島田と井上のぶんは取り分けてある。

 

 輪の外でお茶を用意してから立ち上がった冬乃に、

 「冬乃ちゃん、ここ座って!」

 藤堂が何故か、藤堂と沖田の間を叩いて声をかけてきた。

 

 まさか藤堂には、冬乃の沖田への恋慕が、すでにお見通しなのだろうか。

 おもわず頬を紅潮させてしまいながらも冬乃は、ありがたく藤堂と沖田の間に滑り込んだ。

 

 「この握り飯ね、具が入ってるんだよ!」

 「そうそう!」

 藤堂と原田がにこにこと宣伝する。 「具だと?」

 土方が訝しげにおむすびを見やり。

 「お口に合うかわかりませんが、・・よろしければ召し上がってください。おひとり二つずつご用意してます。こちらが梅干し入りで、」

 二つの皿それぞれを差して、冬乃は解説する。

 「こちらのほうが昆布入りです」

 「・・へえ」

 隣で沖田が感心したような声を挙げた。

 「いただきましょう、先生。土方さんも、そんな食わず嫌いな顔してないで」

 「うん、いただこう」

 近藤がにっこりと微笑んで、さっそく梅干しのほうへと手を伸ばした。

 それを皮切りに皆もそれぞれ手を伸ばし。

 

 「毒なんか入ってねえよな」

 皆が手に取ったなかで、土方がじっと冬乃を睨んで訊ねた。

 「入ってませんから・・」

 冬乃がもはや失笑して返す。

 「なら俺が毒見!」

 戯れて原田が真っ先に口へ放り込んだ。

 もぐもぐと数回、

 途端。

 「うめーーーーー!!!」

 叫んだ。

 

 「おお」

 近藤がそれを受けて、続けて手にしたおむすびを食して。

 「本当だ、すごく美味いよ」

 おまえも食べろ、と土方を向いて。

 近藤に促された土方は渋々、手に取った。

 

 皆の視線がおもわず注がれる中、土方が一口食べ。そして二口。