でも、少し鈍感なところがある

でも、少し鈍感なところがある。誰とでも親しくなってしまうから、元カノの話も平気でする。きっと、私じゃなく依織に対しても、同じように元カノの話をしてしまうだろう。「そういえばこの間、久我匠って人が俺に会いに来たよ」「え!ウソ、本当に?」「あの人に、院内のリハビリセンターで俺が働いてるって教えたの、基金回報 あの人にわざと甲斐の存在を教えたのは、私だ。理学療法士で、院内のリハビリセンターに行けば会えると教えたのも私。でもまさか、あの人が本当に甲斐に会いに行くなんて、思わなかった。「俺に会ってみたかったらしい。七瀬を本気で口説いてる最中なんだって、宣戦布告されたよ」「あの人、かなり強引だからなぁ……」甲斐よりも、久我さんの方が圧倒的に行動力は勝っている。甲斐は自分の気持ちを優先することよりも、依織の気持ちを最優先に行動しようとしている。でも、あの人は違う。最優先にしているものは、何より自分の気持ちだ。周りにどんなに引かれたとしても、きっと彼は自分のペースを変えない。自分のために、行動している。私はそんな彼のことが、羨ましくて仕方なかった。「ていうかさ、あのイケメン何なんだよ。会いに来たって言うから、俺のことめちゃくちゃライバル視してるんだと思ったけど、すげぇ余裕そうな顔してたし」「あぁ、それはあの人の普通の顔がそういうムカつく顔してんのよ」余裕の笑みを浮かべた彼の表情に、何度イラついたかわからない。「桜崎、あの人と仲良いんだろ。頼むから、もう会いに来ないでって言っておいて」「別に少しも仲良くないけど、今度会うことがあれば言っといてあげる」私が再び彼にいつもの飲み屋で会ったのは、その日の夜のことだった。その日の夜、私は久し振りに夕食を自炊しようと冷蔵庫の中身を確認したけれど、中はほぼビールで埋め尽くされていた。「スーパー行かなきゃダメじゃん……面倒くさ」自宅の近辺には、食事が出来てお酒も飲める店が多い。一人で外食することには慣れているため、自炊は諦めてどこか近所の店で美味しいものを食べようと思い外に出る支度をした。軽く化粧を施し、ロング丈のワンピースにパーカーを羽織ったラフな服装にスニーカーを合わせる。「こんな感じでいっか。どうせ、誰にも会わないし」財布の入ったバッグを手に取り家を出る直前に、スマホが鳴った。見ると、久我さんからの着信だった。私は特に何も考えずに、電話に出た。「はい」「今日は来ないの?」「はい?」「僕は今着いたところなんだけど。君は今日、飲みに来ないのかなと思って」これは、誘いの電話なのだろうか。だとしても、今から地下鉄に乗ってわざわざすすきのまで繰り出すのは、スーパーに行くよりも面倒だ。「ちょうど今からどこかで食事しようと思ってたけど、すすきのまで行く気ないから。今日は近所で済ませる予定なの」「そっか、残念。いろいろ温泉の話が聞きたかったんだけど、じゃあまた今度」そのまま電話は、何の余韻もなく切れてしまった。依織を誘えばいいのに、なぜ私を誘うのだろうか。もしかしたら、先に依織を誘ったけれど体調不良の依織に断られたから私に声を掛けてきたのかもしれない。そう思うと、彼に一言文句を言ってやりたくなってしまった。近所で食事を済ませる予定が、急変更だ。私は結局、タクシーを拾いすすきのまで繰り出すことにした。すすきので飲むような格好ではないけれど、あの人に会うために服を着替えるのは何となく嫌だった。電話をもらってから二十分後に店に到着すると、久我さんは一人でいつものように飲んでいた。「こんばんは。ビールお願い。あとお任せでお腹が膨らむ食事も」