神仏を信じないハンベエであったが

神仏を信じないハンベエであったが、その辺りの機微は分かっていた。そして、倨傲不遜、何者にも心を屈しないと心中深く決意しているが、感謝すべき者には素直に感謝できる、そんなハンベエであった。ロキの寝息を確認したハンベエは、愛刀『ヨシミツ』を手にして、静かに中庭に出た。朱古力瘤朝の鍛練である。体が軽い。何だか、今までよりずっと早く動けている気がする。ハンベエは思った。(錯覚か?・・・いや、間違いない。俺は、山を降りた時より、強くなっている。いや、イザベラと対峙した時よりも明らかに強くなっている。)イザベラとの闘いが新しい力を引き出したのだろうか?ハンベエはどうやら、さらにレベルアップしたらしい。ハンベエのレベルが上がった・・・らしい。 病を克服したハンベエが鍛練に勤しんでいる頃、ゴロデリア王国宰相ラシャレーの執務室では、毎度お馴染みの『声』との会話が行われていた。飽きもせず御苦労な事である。「確か、ハンベエは病に倒れたとの報告であったの。・・・さっき中庭でピンピンして、刀を振り回しておったぞ。どうなっておるのじゃ。」「それなら、私もさっき見ましたな。全くもって得体の知れん男ですな。ただの風邪だったんですかな。」「ただの風邪を病に倒れたとその方は言うのか?」「いやいや、参りましたな。昨日迄のやつれ方と言ったら、それはもう幽鬼のようで、生きてる人間の雰囲気ではありませんでしたがな。こちらもわけが判りませんな。直ぐにもくたばるかと期待していたのに、一晩で元気溌剌になりましたな。全く予想をことごとく裏切る、迷惑極まりない男ですな。」「ふん、その方の話を聞いていると、益々ハンベエが化け物じみた男に思えてくるわい。」「実際、あれはどうみても化け物ですよ。しかし、王宮内では至って大人しく静かにしているようですから、元のように、触らぬ神に祟りなし戦術で見張って置きましょう。」「ふむ、まあ良かろう。それで、イザベラの行方はどうなったのじゃ。」「生憎な事に全く分かりませんな。」「その方の給料、減らしてもいいかのう。」「それは、困りますな。」「困るのなら、本腰入れて捜すのじゃ、そうでないと、その方のこれまでの功績もパーじゃ。」「パーですか?」「うむ、わしの我慢にも限度がある。」「しかし、そのイザベラは、例の化け物のハンベエも取り逃がしたほどの、これ又、化け物ですぞ。中々簡単に行かないものと考えますな。」「厳命する。早う、捕えて誰がエレナ王女の命を狙ったのか明らかにせい。」「はて?・・・まことに恐れ多い事ですが、宰相閣下には、エレナ王女が居なくなった方が何かと都合が良いのではないですかな?」「・・・馬鹿め、見損なうな。ワシは誰の家来ぞ。王女が暗殺されるような事があったら、国王陛下に顔向けできんではないか。」「・・・しかし、ゴルゾーラ王子にとっては競争相手が消えて、ラッキーと考えますな。」「まさか、その方、今回の王女暗殺未遂に関与しているのではないな?」ラシャレーの声音が変わった。普段から愛想の良い物言いをする男ではないが、執務室の空気が凍るかと思われるほど、恐ろしい声音であった。「いえいえ、閣下の指図無くしてはそんなとんでもない事はしませんな。しかし、閣下のお心がそうであったとは知りませんでしたな。今から、イザベラの件は私が陣頭指揮を取ることにしますな。」「そういたせ。」「しかし、そうだとすると、ハンベエは閣下にとって殊勲者という事になりますな。」「そうだな。しかも風呂好きな事といい、嫌いな奴ではないわい。」「いっそのこと、真剣にこちら側に勧誘しますかな。」「いや、放って置け。」さて、ハンベエはくしゃみを幾つかしても良いものだが、自分の噂話など露知らず、今日の鍛練にはいつになく熱がこもっていた。見える、動ける。これなら、コウモリだって楽に斬り捨てられそうだ。(飛んでいるコウモリを斬る事は至難の技で、佐々木小次郎の『燕返し』もコウモリには通用しないと言われている・・・らしい。)