ハンベエは

ハンベエは、その光景にはもう目もくれず、ただじっと、仲間の逃げ道を作ろうと必死に立ち働くアルハインドの兵士達の動向を窺い続けた。タゴゴダの丘とタゴロローム要塞前の通路を回復するために、アルハインドの兵士達は必死に働いていた。何百、何千もの兵士が、道を塞いでいる岩や土砂をどけようと、あがくように動き回っていた。岩を落とされて、通路を塞がれたのではあるが、草原との行き来が完全に遮断されたわけで服用優思明かった。草原側から、岩をよじ登り、どうにかこうにか、火炎地獄から逃れてくる兵士は、何人かはいた。だが、そんなものは焼け石に水にもならなかった。草原前まで突入し、タゴロローム側の罠に掛かった軍団の救出はほとんど不可能であったろう。例え、道を塞いでいる岩を退かせる事ができても、その時は、最早、手遅れになっている事は誰の目にも明かな状況であった。だがしかし、だからと言って、塞がれた道の向こう側で、のた打っている味方達を捨てる事などできないのである。一人でも、例え、たったの一人であっても、仲間を救うのだ。アルハインド兵達は、そう言っているかのように、必死に働き続けていた。大きな岩を退かせるにも、満足な器具もない、せいぜい丸太で突くぐらいである。水を運ぶのに、水瓶も無く、手のひらしか使えるものしかないような、そんなもどかしさと、今も炎に包まれもがいている仲間の苦境に、ジリジリと己の身を焼かれるかのような焦りを感じながら、アルハインド兵達は必死で通路の回復作業を行った。そういうふうに見えた。ハンベエは、仲間たちと慎重に、岩山を下り、道から15メートルくらいの高さのところまで、来ていた。アルハインド勢には、ハンベエ達が岩山を登って逃げた事や、追撃に出て返り討ちに遭い、彼等を取り逃がしている事を知っている者もいたはずであるが、とっくに逃げ去ったものと思っていたものか。それとも、通路回復作業以外の事を顧みる余裕が無いのか。両側の岩山への警戒は希薄であった。本来なら、更なる岩山からの落石攻撃を警戒して、この通路から避難していてもよさそうなものであった。このようなアルハインド勢の活動を見つめているハンベエ達の胸中は複雑であった。自らの部隊の一部を戦果のための犠牲とする作戦を冷然と行い、その犠牲を徹底して救う事なく、活用しきったタゴロローム守備軍。一方、最早絶望的状況の味方の軍勢を救うために、危険も顧みず作業を続けるアルハインド勢。元々、タゴロローム守備軍に入隊の始まりから、良い感情を持っていないハンベエである。逆に、アルハインド勢の味方になってやりたい気もしてきたりするのだ。それが、アルハインド勢の大将の首を狙って息を潜めているのである。ハンベエは自分の置かれた状況に大いなる皮肉を感じていた。だが、今は生き延び、タゴロローム軍に還らなければならない。このまま、何もかも放り出して、戦場から立ち去るという選択肢も無いではない。だが、それでは、来るべきゴロデリア王国内乱に参加するつてを失ってしまう。・・・ハンベエはそう考えていた。頭の隅にあるのは、ステルポイジャンの副官におさまっているガストランタを戦場で討ち果たし、師フデンの落とし前を着ける事である。また、今いる班員達も、班長の立場としては生きて還らせるのが本分であろう。その事がハンベエをタゴロローム守備軍に縛り付けていた。「あれが、敵の大将のようですよ。」ヘルデンが、ハンベエに小声で囁いた。「あれが・・・何故分かる?」