「何の御用でしょ

「何の御用でしょうか?いきなり入って来るなんて失礼ではないですか?」

「ノックはしましたよ?お仕事中に見えたので、わざわざ解除されるのも申し訳ないですし…これあるから。」

 

首から下げたパスを武藤に見える様に見せた。

 

目の前ノートパソコンを見たままで、武藤の表情は青褪めて見えた。

 

「私、言いましたよ。無言電話、また掛かって来たら武藤さんがしていると判断して動きますって。」

 

こちらを見ない武藤をしっかりと見て静かな声で倫子は言う。

 

「何の事か分かりかねますが…。」

 

倫子の方を見ずに、キーを打ちながら武藤は答えたが、動揺している様に見えた。

仕事をしていても、恐らくパソコンには意味不明な文字が打たれているのではないだろうかと倫子は考えていた。

 

「そう?必死過ぎて気付いてない?倫也さん、あの時、あなたの名前を呼んでいるわ。話も聞いたわ。状況っていうのかな?仮病を使ってまで倫也さんの部屋から電話したかったの?自分の名前は名乗りもしないくせに?矛盾してるわ。」

 

静かな声で武藤を真っ直ぐに見て倫子は言い、続ける。

 

「会社の電話を使用する事で会社の誰かと思わせたい、なのに自分だと知られたくない、その癖、私に対しては思いが通じ合っていると言う。矛盾だらけだわ。奪いたいのか奪いたくないのか、どっちかに決めてもらえない?」

 

「奪う?」

そこで武藤の顔がやっと倫子の方に向けられた。

 

「奪うって何ですか?私はただ会社での二人の時間を大事にしたいだけです!誰にもその時間だけは邪魔して欲しくない、それが奥様であってもです。奥様はご自宅で二人の時間があるでしょう?どうして会社まで来るんですか?私達の時間を邪魔しないで下さい!」

 

強い口調で言われて、倫子は大きな溜息を吐く。

 

「いや…あのさ?仕事ですよね?二人の時間ってどんな仕事してると思ってるんですか?スケジュール確認、秘書のお仕事、武藤さんのお仕事です。それ、二人の時間とか言いません、普通の秘書は。」

 

「あなたみたいな妊娠したから嫁になったみたいな子供に…何が分かるんですか?私達は大人同士の…心で通じ合う貴重な時間を大切にしているだけです!」

 

(……妊娠したから嫁になったぁ?)

 

ガタン!!

 

倫子が椅子を滑らせて立ち上がり、武藤の机の前まで行き、机に手をバン!!と着いた。「ふざけたこと言わないで!!子供出来たからって嫁になれる訳ないでしょ!苦労して子供が出来るのよ!あなた、世の中の妊婦に恨み買うわよ!!どっちが子供なのか分かんないの?」

 

肩で息をして大声を出すと武藤が数秒言葉を失い、反論しようとするとドアが開いて声がした。

 

「はい、新藤監査の奥様の方が正論!子供がいるから上とか独身だから負けとかそんな事は私も奥様も考えてないですけど、私も元妊婦だから今の言われ方は恨むわねぇ。」

クスクスと笑いながら、宇佐美がドアを開けて部屋に入って足を踏み入れた所だった。

 

 

「う、宇佐美さんまで何のご用件でしょうか?会議が終わるまでに作成しなければならない書類があるんです。お二人とも重要案件ではないなら…後にして下さいませんか?」

 

「あら?重要案件?お試し期間中の武藤さんに新藤監査が重要案件の作成を任せるとは思えないわ。本当だとしても遅くなるならお手伝いしますからご心配なく。花上に頼まれて私が会社内で動いていたの。」

 

「動いて…どういう意味でしょうか?」

 

武藤の今までとは違う低い声が響き、宇佐美と倫子は顔を見合わせた。

 

「具合悪くなった日、武藤さん、私が来て舌打ちしたわよね?聞こえたわよ?それで心配する新藤監査に送って下さいと言おうとした。私が先に送ってあげるわよ?と言ったから、ここに戻るしかなかった。ヨロヨロと具合の悪いフリはしてたけど…大根だったわねぇ。無言電話の証拠、見つけたから。あなたが犯人だって新藤監査には勿論、社長にも報告します。その前に自分から全てを話して反省してもらえるなら社長に報告後も私がフォローをします。奥様にその様にお願いされたので…どうします?」

 

宇佐美が話し終え訊き返すと、武藤が強く下唇を噛むのが見えたが、暫く俯いた後、顔を上げて二人に自信のある目を向けた。

 

「証拠なんて何処にあるのよ。会社にどれだけの人数が出入りしてると思ってるんですか?17階はまだしも、ここ15階はお客様も含めて毎日、登録に来る人、仕事の話に来る人、スキルアップ目的に来る人、会社の中で一番多く人が出入りする