を掻きながら

を掻きながら、永倉が深い溜め息を吐いた。

 

「問題は、誰かが短刀を松原へ与えたってところだよなァ。あの松原が恨みを買っているとは思えねえし、善意で差し入れたんだろうが」

 

 それを聞くと、土方は腕を組んだまま小さく首を横に振る。すると視線が土方へ集まった。

 

 

「松原君の不義を、俺に投げ文で密告して来た奴が隊に居る。筆跡からすると幹部隊士では無さそうだが……」

 

 その発言に、武田は僅かに口角を上げる。偶然にもそれを斎藤が目の端で捉えていた。

 重い息を吐くと、近藤は伏せていた顔を上げる。

 

「とは言え、不義の末の切腹未遂とはこれまた体裁が良くないな。止むを得んが、松原君には正式に組長を降りて貰うしかない」

 

 その言葉に異を唱えるものは誰も居なかった。傷の経過次第では隊務すらこなせないというのが医師の見解だった。

 

 経過を黙って聞いていた沖田がスッと手を上げる。

 

「難しいことはお任せします。取り敢えず、私は松原さんに会って来ようと思います」

 

 そう言いながら腰を浮かす沖田へ、土方が声を掛けた。

 

「それは構わねえ。……ああ、そうだ。一番組に松原君と仲が良かった隊士が居ただろう。そいつらも連れて行け。もしかしたら何か話すかも知れん」

 

 沖田の脳裏には桜司郎、馬越、山野の顔が浮かんだ。だが、沖田は松原の謹慎の件すら彼らには黙っていた。傷付き、動揺するのが目に見えて分かっていたからだ。

 

「それは……」

 

「そうだな、それが良い。総司、そうしてくれるか」

 

 沖田は渋い表情をしていたが、敬愛する近藤にそう言われれば頷くしかない。

 

 分かりました、と副長室を出ると一番組の部屋へ向かった。 沖田は暗い表情で部屋の前に立つと、少しの間佇んでいた。やがて顔を上げると、桜司郎らを呼び出す。

 

 その様子がおかしいことを察した三人は顔を見合わせると黙ってその後をついて行った。沖田は松原が眠る部屋では無く、西本願寺の境内へ誘う。

 

 

「……落ち着いて聞いてください。松原さんが自害未遂をしました」

 

 沖田の声に、しんと辺りが静まり返った。ひゅ、と誰かの喉が鳴る。みるみるうちに三人の目が見開かれた。

 桜司郎は言葉を失ったかのように、口をぱくぱくとさせる。そして何とか言葉を絞り出した。

 

「ど、どういうこと……ですか」

 

 沖田は目を伏せると、謹慎から自害に至るまでの経緯を伝える。

 それを聞いた山野と馬越は傷付いたような表情を浮かべた。

 

「お、俺……そんなこと知りませんでした。忠さんは、一言も言ってくれなかった……」

 

「私も……。元気が無いとは思ってましたが……。まさか、そんな……」

 

 

 案の定な反応を見て、沖田は胸を痛める。仲の良い者の苦しむ姿を見に行けというのは酷なのでは無いかと思い始めた。

 

「無理にとは言いませんが……。見舞いに行ってやって下さい。貴方達が行けば、多少は気も良くなるでしょう」

 

 沖田の言葉に、山野と馬越は直ぐに頷く。だが、桜司郎だけは現実を受け入れられずに視線を揺らした。行こうぜと山野がその腕を掴むが、首を横に振る。

 

 その心中では妻子に会いに行くように促した自分のせいかもしれないという自責の念と、どうして嘘を吐いたのかという失望の念が渦巻いた。

 

「……行か、ない」

 

 桜司郎はか細い声で拒否をした。それを諌めるように山野が掴む腕に少し力を入れる。

 

「桜司郎」

 

「行かない、行かないッ……。安全期計算 会いたくないの、二人で行ってきて……!」

 

 桜司郎は手を振りほどくと門へ向かって駆け出した。山野と馬越がその後を追いかけようとするが、沖田はそれを制する。そして二人は松原の元へ行くように言うと、桜司郎の背中を追いかけた。

 

 

 先程までは爽やかに晴れていた空に、暗い雨雲がかかり始めていた。