「え?」「いや、え?じゃなくて」甲斐は苦笑いを浮かべながら、私の手を握った

「え?」「いや、え?じゃなくて」甲斐は苦笑いを浮かべながら、私の手を握った。「危ないから、繋いでおく。こうすれば、転ばなくて済むだろ」「……ありがとう」「お前の手、熱いな」繋いだ手から、熱が伝わる。こんなのまるで、恋人同士みたいだ。甲斐と私の仲がどんなに良くても、きっと今までは周りから恋人同士に見られたことなんてなかっただろう。そんな空気を、纏っていなかったから。手を繋いで歩くことなんて、子宮內膜異位症 月經。「甲斐の手は……ちょっと冷たいね」「風呂から上がって時間経ったからな」「……でも、冷たくて気持ちいい」夏の空の下で、下駄の音が心地よく響く。柔らかな風が吹き、緑がざわめく。息を吸うと夏の爽やかな匂いがして、隣を見ると手を繋いでくれている甲斐がいる。「……」甲斐のことを、凄く好きだと思った。友達としてではなく、一人の男として好きになっていた。いつからこんなに好きになっていたのだろう。いつから私は、甲斐のことを友達として見れなくなってしまったのだろう。そう考えたとき、甲斐と身体を重ねたあの夜がキッカケになったのだと感じた。あの夜がなければ、私は今こうして甲斐を好きだと気付くことは出来なかったかもしれない。甲斐と気まずくなってしまうくらいなら、あのとき身体を重ねなければ良かったと何度も思った。でも、今は違う。あの夜があって良かった。相手が甲斐じゃなかったら、私はきっと拒んでいたはずだ。「好き……」「え?」「……」驚き私を見つめる甲斐と目が合った瞬間、一気に変な汗が噴き出した。今、私……好きだと言ってしまった。思っていたことをそのまま口走ってしまうなんて、信じられない。「七瀬、今……」「ち、違うの!ほら、えっと……温泉卵!私、大好きなんだ!早くお店に着かないかな。道、こっちで大丈夫だよね?」あぁ、もう、自分が何を言っているのか自分でもわからない。必死に誤魔化してしまったけれど、驚く甲斐の顔を見てしまったら、甲斐を好きなんだとはどうしても言えなかった。

……お前、紛らわしいんだよ」甲斐に頭を軽くどつかれたけれど、痛みなんて何も感じない。とにかく思わず口走ってしまった『好き』の余韻を掻き消すのに私は必死だった。自分の気持ちを自覚したのら、いつかはちゃんと甲斐に想いを伝えるべきなのだと思う。でも、怖い。もしも今、素直な気持ちを伝えた途端に繋いだ手を離されてしまったら。明日から、話しかけてもらえなくなってしまったら。

二度と私の隣に立つようなことがなくなってしまったら……。甲斐の隣は、どこよりも私の心が落ち着く場所だ。そんな場所を失ってしまったら、私は遥希に失恋したときよりも間違いなく大きなショックを受ける。きっと、立ち直れなくなる。「七瀬、着いたよ。ここじゃない?」「あ……本当だ」目当ての温泉卵が食べれる店に到着し、私たちはカウンターの席に通された。すると席に案内してくれた四十代くらいの店員の女性が、私と甲斐を見てニコニコ微笑みながら声をかけてきた。「美男美女のカップルですね。もしかしてご夫婦ですか?」「ち、違……!」「残念ながら夫婦ではないんですけど、俺の彼女です。綺麗でしょう?」甲斐は自然と話を合わせ、初対面の店員さんと親しく喋り始めた。全く人見知りをしない甲斐は、初めて会った人ともすぐに仲良くなれてしまう。私はそんな甲斐のコミュニケーション能力に驚きながら、二人の会話が終わるのを静かに待った。待っている間、私は密かに『俺の彼女』という響きに酔いしれていた。