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「そ。最近辻斬りが出てるから気をつけなよ」「だから町中がピリピリしてたんですね。大丈夫です、体はほぼ元に戻ってますから」「ふふ…殺さないように、って言ってるの。京都見廻組だったらいいよ、やっちゃって」栄太郎の言葉に、紫音は呆れたように息を一つ吐く。紫音の一挙一動が楽しい。見ていたかったが、約束の刻限を過ぎている。栄太郎は残念な気持ちを押し込んで、宿を後にした。それを見送り、紫音も動き出す。香港買基金が何をしようとしているのか、新撰組ならば瑣末でも何らかの情報を得ているかもしれない。久しぶりの屯所を目指し、夜の京へと繰り出した。***********

「お前、何者………って、紫音やんか!!」「クスクス…山崎さん、声が大きいですよ。せっかく歳チャンを驚かせようと忍んできたのに」首に突き付けられた針をやんわりとどかし、紫音は顔を隠していた頭巾と布を取った。そう、紫音は新撰組屯所の屋根裏に忍び込んだのだ。そこを早々に山崎に見つかり、まるで初めてここに来た日のようだと笑みを交わした。「何やその様子やったらもう大事ないんか?」「えぇ、その節はどうもありがとうございました」「えぇってえぇって!そんな畏まんなや~。いろいろ楽しませてもろたし」カラカラと笑う山崎。尊敬する土方の崩れた姿など滅多に見られるものではない。

「…何してるんですか?」「ん?捕縛やけど?」にこやかな笑顔でぐるぐる巻きにする山崎に、紫音は爽やかな笑顔を向けた。普通に会話していたというのに、やる事は相変わらず抜け目ない。簡単に解かれた事を踏まえているのか、容易には解けないよう、縛る山崎にもどうなってるかわからない程のぐるぐる巻きだ。「副長、怪しい奴捕まえました」「山崎か。よくやった、連れてこい」天井から室内の土方に声をかければ、筆を止めて見上げる土方。山崎はどうなるのか楽しみにしながら天井から紫音を投げ落とす。ドサッ受け身も取れずに落とされ、紫音は心内で山崎を呪った。「屯所に侵入するたぁいい度胸じゃねぇか」威圧感たっぷりに言いながら、土方は片膝をついて、侵入者、紫音の顔を上げさせた。

「こんばんは「……………山崎」「はい?」「俺ぁ幻覚を見てるようなんだが…お前ぇにはどう見える?」山崎は湧き出る笑いを堪えるのに必死だ。土方はしばらく紫音を見つめてから、まるで毛虫を扱うように筆でつついた。「ちょっと…あんまりな扱いですね」「本物ぉぉぉぉおっ!?」ひょいと顔を上げれば、土方は物凄い勢いで飛びのき、耳を塞ぎたくなる程の叫び声を上げた。「どうしたっトシ!!」「土方くん!?」スパァンと襖が開かれ、入ってきたのは近藤と山南。どうやら隣の部屋で囲碁の勝負をしていたようだ。チラリと見えた近藤の部屋から碁石が点々と続いていた。「近藤さん、山南さん。お久しぶりです」のんきに挨拶してみたものの、まるで芋虫のように巻かれた縄のせいで頭を下げる事も出来ない。「紫音くん!?」「これは驚いたね、元気だったかい?」驚き、声をかける二人。とりあえず解こうとは思わないんですね…。紫音ははぁ、とため息をついて、「とりあえず、刺客ではないので解いていただけませんか?」と願い出た。「おっそうだな、スマン」「ちょっと待てよ、近藤さん!!こいつ忍び込んできたんだぜ?そう簡単に解けねぇだろ」「土方くん…紫音さんは見知った仲じゃないか」小太刀を手に、すぐさま縄を切ろうとする近藤を止める土方、更にその土方を諌める山南。変わらずの様子に、紫音はくすくすと笑った。